これまでの短歌

内田康夫の作品
内田康夫の落款
早坂真紀の作品
早坂真紀の落款

冬

2017年12月15日

  • はしばしの 妻の言葉の やさしさが 今日のボクには 棘とささりぬ
  • ひとり寝る 耳にかすかに 虫の声 寂しさ増して 夜更けてテレビ
  • 目の前に 蓑虫ぶらりと 下がりきて ボクはセーター 重ねて着おり
  • 見上げれば あの日のままに 空青く でもあの日とは 違う胸の色
  • テクニックも 約束事も 知らぬまま 指を折りつつ 短歌詠むわれ
  • 芝草の 頂上めざし 登りゆく テントウ虫も 風の一吹き

2017年12月01日

  • 見上げれば ウロコの散りて 青澄みて 台風一過 秋の深まり
  • 雲晴れて 初冠雪の 浅間山 思い描きて 東京も冬
  • 窓を打つ 雨の白玉 誘い合い 糸となりゆく それも一興
  • たまにはと 自分のために 料理する 萎びたキャベツ 芽の出たニンジン
  • 秋の来て ムラサキシキブ 色づきぬ なればないのか セイショウナゴン
  • 雨上がり 名残惜しげに 白玉の 木の葉をつたいて 我の頭に

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秋

2017年11月15日

  • 天仰ぎ 赤く燃えたる ヒガンバナ 誰を待つのか 土手に並びて
  • 花冷えが 梅雨寒すぎて 時雨月 日本の言葉の 美しきかな
  • 妻が踏む 枯れ葉の音の 心地よく 秋の終わりに 言うこともなし
  • 「婆さんや!」 それで思わず 「爺さんや!」 金婚式も 間近のふたり
  • 飛行機は 空切り裂きて 何事も なきかのごとく 雲で繕い
  • くしゃみして 空の高さに 立ち止まる 日焼けの肌は まだ夏なのに

2017年11月01日

  • 近づけば 鳴りをひそめる ヒグラシの 鳴くまで待とう 秋の夕暮れ
  • いつの日も 「きっと誰かが 祈ってる」 信じてボクは メシを完食
  • BSの 『浅見光彦』 なつかしく ワープロ叩く 日ぞ待たれり
  • 昇る日も また沈む日も つかの間に シロツメクサが ビルの陽だまり
  • 森の道 車飛ばせば 木漏れ日の 我が手にはじけて 夏の終わり
  • 静けさに 夏とは違う 色ありき 秋はしみじみ 胸にしみじみ

2017年10月16日

  • 日本茶を マグカップで 立ち飲みす 窓際の妻 外は夕暮れ
  • 芝草の 虫を食みたる 小雀に われも独りと 声をかけたり
  • 木陰にて 夏を避けつつ まどろめば 緑の降り来て 『夢十夜』かな
  • 駅前の 暑き日射しに サルスベリ 紅く燃えつつ 子らに日影を
  • 鎮座する 弾く人のなき スタンウェイ 人差し指で ド・レ・ミと叩き
  • さりげなく 薄き上着を 羽織らせて 秋はこうして しのんでくるか

2017年10月02日

  • 生まれ来て 必ず終わる いのちなれど 我が身に重ねて 思わざりけり
  • リンドウの 色鮮やかに ビンに揺れ この部屋にだけ 秋の先取り
  • 老木に しがみつきたる 蝉ありて 棒でつつけば 眠眠(ミンミン)と逃げ
  • 風立ちて スカートの丈 長くなり パンツと称びし ズボン嫌いて
  • あの世でも 結婚しようと 言ったけど 今度は私の 世話を焼くなら
  • ペダル踏む 少年の目の ひたむきさ 坂道登る 夏の日の午後

2017年9月15日

  • ボクはまだ 作家なんだと ひとり言 右手で撫でる ワープロの感触
  • 振り向けば 後悔ばかりの 人生と 今さらながら 後悔しをり
  • 石柱に しがみつきたる 空蟬を 笑えば電線に 山鳩の鳴く
  • デンデン(云々)と みぞうゆう(未曾有)とが 肩寄せて 国の未来を 憂いているか
  • 車椅子 押す手のシワの みにくさに ため息ついて 見れば青空
  • 見上げれば ビニール袋の 泳ぎいる ビルの谷間の 細き流れよ

2017年9月1日

  • 野アザミの 棘鋭く 指刺して にじみ出る血の 生命(いのち)いとしき
  • さっきから ボクを見つめる 妻の目に 哀しみあふれ 怒りも少し
  • 木漏れ日を 膝に散らして 行く朝は 背中に妻の 歌など聴いて
  • 夫(つま)はいま 眠りの底に 落ちている そこに私は 絶対いない
  • 木漏れ日が 気持ちが揺する 夫(つま)の背に 哀しみ哀れみ 辛さといろいろ
  • 13で 「アン・シャーリーは 私だ」と 騒いだ私が まだここにいる

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夏

2017年8月16日

  • ひたすらに 仕事と共に 駆け抜けた 行き着く先に
 待つものを知らず
  • タンポポの 綿毛をつかんで 飛ぶ妻を 窓のこちらで ボクは見るだけ
  • もう一度 妻の寝息を 聞きたくて 耳を澄ませど 夜は静寂
  • 肩寄せる 夫との距離は 数センチ 逆に計れば 四万九キロ
  • 初めての 恋はいつかと 振り返る そうか!あれから 五十年経った
  • 水たまり 戯れ飽きて 振り返る 犬のひとみに 夏のたそがれ

2017年8月1日

  • 木の陰を 選んで歩く 妻とボク 会話途絶えて 穏やかな午後
  • 治りたい 両手で妻を 抱きしめたい チークダンスを 踊ってみたい
  • こんなこと ボクが言うのも 変だけど 二人はきっと 幸せだよね
  • 乳母車 押したことなき われが今 車椅子押して 木陰を歩く
  • 夏至過ぎて 影伸ばしたる クスノキに 酷暑をしのぐ バスを待つ午後
  • 思い出が たくさんあって よかったと 涙ほろほろ 二人でほろほろ

2017年7月18日

  • 芝を刈る 音のうるさく 庭見れば 妻は目を閉じ 夏を吸いをり
  • 人がみな 我より偉く 見える日よ、 いまならわかる 啄木のこころ
  • 目覚めれば まだ明け切らぬ 梅雨寒に 時計の針の 重なる音する
  • 無限とは どこまで行けば 無限かと またたく星を 見ていて思う
  • すきあらば ところ選ばぬ 雑草よ そのたくましさを 夫に分けて……
  • 芝刈りの 音の響けし 夏の朝 まだ干ぬ露の 緑の匂いよ

2017年7月3日

  • あじさいの 葉を這いながら かたつむり 梅雨を楽しめ 勝手に楽しめ
  • 哀しみを 雨が流して 夕まぐれ ほのかに淡き あじさいの花
  • 深くなる 緑に埋もれし 我が家よ あるじなしとて 我を忘るな
  • ハルゼミの 降りそそぎたる 梅雨晴れに 森に迷いし 一人旅きて
  • あじさいの 色合い未だ 見せもせず 固きつぼみの 肩よせあって
  • ひとむらの むらさきつゆくさ 露まとい 朝日のあたる それまでのこと

2017年6月15日

  • しらじらと また始まるか 長き日よ 窓という額の 絵画みながら
  • 足下を トカゲのチロリと 横切りて 二度目の夏を 迎えてため息
  • 月の夜の 静寂すぎて 妖しくて 空に向かいて 吠えたくなりぬ
  • これからの 夢はたくさん あったのに 時が止まった 夫の書斎
  • 倒木の 朽ちたる幹に 苔むして 若木はぐくむ 情け羨む
  • 風凪いで リンとも鳴らぬ 風鈴に 鈴虫の来て リンリンと鳴く

2017年6月1日

  • 突風に 吹き寄せられたる 花びらの 去年の枯れ葉と 肩寄せ合う
  • 老けたなと 妻の横顔 見つめれば 同じ時間を ぼくも生きてた
  • 目の冴えて 暗き夜空に 星のごと 夜間飛行に 疼く旅ごころ
  • 人生に 一度は必ず あるはずと これから起きる 奇跡まちをり
  • 涙より 笑いが薬と 聞いたから 今日も夫と クスリクスクス
  • 窓際の 瓶に一差し レンギョウの 影の動きて 黄昏を知る

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春

2017年5月12日

  • この先を どうしようかと 思いつつ 途絶えたままの 孤り行く道
  • わが著書の タイトル聞けば 目に浮かぶ あの日あの頃 取材の先々
  • 新年を 迎える汽笛に 船上で 妻の背中を 抱いた思い出
  • 明日こそは 病いよ治れと 願いつつ 目覚めてみれば 明日はまた明日
  • 突然に 天丼の味 思い出し ここを抜け出し 食いに行きたし
  • 裏庭の 木イチゴの 白き花 思い胸はずませた ジャムの算段
  • 離れれば なぜか哀しく そばにいれば 早く逃げたい 夫の荒れる日
  • カーテンを 引く手を止めて おぼろ月 夫も見てるか 同じ心で
  • あと一度 一度でいいから 抱きしめて 片手でなくて 両手で強く
  • フルートの 運指もわすれ 音も出ず ゆとりなきまま 過ぎた時間よ

2017年3月21日

  • 思えども 思い通りに いかぬ腕 なぜこのやまい なぜこのやまい
  • ぼくはまだ 生きているのに心電図(死んでんず) 折れ線グラフの 今は谷底
  • 車椅子 目の位置低く なりし今 見えぬものより 見えるもの多し
  • 苦しげに また楽しげな 夫(つま)の顔 夢路にまどうか うたた寝のとき
  • 「おはよう」と ドアから顔を のぞかせば 待ちかねてたと はじける笑顔
  • うれしげに 「あのね、ゆうべね…」 夢みたと ことばを探して 「うれしかった」と

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